拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

カリスマ、『999』原作読破、他

アラファト議長という人については、私の場合まずサイードの批判を読んでからその存在を意識するようになったので、彼の死については複雑な気持ち。「カリスマ」という言葉がメディアを飛び交う今、ジェイムソン『政治的無意識』のカリスマ論を読み直そうかと、ふと思う。
松本零士銀河鉄道999』(少年画報社版全18巻)を昨晩一気に読破。目が痛い。少年時代はとにかく石森『009』ファンだったので──009の「風の都」(『少女コミック』、1975年)を小学館文庫で読み、シェイクスピア『シンベリン』に触れたのがきっかけで、初めてシェイクスピアの英語に触れた(読んだ、とは言うまい・・・)くらい影響を受けた──、松本マンガをきちんと読むのは今回が初めてなのだった。美女と野獣の珍道中という黄金パターンがダラダラ続くのだが、ネタがいいときはまあいいが(たいてい貧乏話)、ボロボロにダメな時は鉄郎の爆食(ビフテキ&ラーメン)とメーテルの裸(セックスはなし)で無理矢理乗り切るというのには苦笑。まじめなヴェジタリアン?の『銀河鉄道の夜』をこのように改変するとは、さすが食欲性欲全開マッチョ愛国エロSF漫画家だなとある意味感服。
それにしても、70年代末期〜80年代初期の『少年キング』はこれだけ全裸のお姉さんが出てくるマンガはOKだったのか。当時私は『少年サンデー』読者だったが、『009』のフランソワーズの裸というのは記憶にない。『うる星』にしても水着どまりだったような。