拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

T高校の出前授業に参加されたみなさんへ

T高校のみなさん

 
 出前授業「現代に生きる古典」、いかがだったでしょうか?
 感想として「古典をモデルにした現代作品は読んだことがあるが、それが古典を生かすことになるとは驚きだ」というものがありました。これは、私が紹介した古典の定義、超時代的・超地域的に規範となる作品という定義をめぐる議論と同様に大事な視点です。
 みなさんも、これからいろいろな作品に触れる際に、「この作品は何か古典的な作品を下敷きにshているのだろうか?」とちょっと考えてみるとよいかもしれませんね。その作品から、それの元になった古典に行き着くことができれば大変幸せなことだと思います。
 
 さて、【クイズ2】の回答、ありがとうございました。まず、複数の方が触れた「現代に生きる古典」を列挙します。みなさんの多くも知っているでしょう。
 
コナン・ドイルシャーロック・ホームズ」シリーズ→今世紀になってもイギリスで新シリーズができるほど人気の、「探偵」の代名詞。例:『名探偵コナン』(工藤新一はホームズ好き)
 
・オルコット『若草物語』→アメリ南北戦争期の物語だが、日本でも昔から翻訳がありアニメ等も有名。(だが2021年の現在、「若草物語」自体がどれくらい知られているか。知名度に男女差はあるか?という疑問もある。)
 
・ディズニー映画(『白雪姫』など)→『白雪姫』(1937年)が、さらに昔の「サンドリヨン」(灰かぶり姫)を更新したもの。「古典」の再解釈(シンデレラなど)が多い。
なお、「三匹の子豚」をあげた人がいるが、そもそも18世紀にあらわれたこの伝承物語が有名になったのは、1933年のディズニーによる映画化がきっかけ。
 
ルイス・キャロル不思議の国のアリス』→少女漫画やアニメでは「アリス」への言及やパロディーが山ほどある。
 
・「桃太郎」→桃から生まれた桃太郎の鬼退治。これは、最近のゲームでもよく引用される日本最古の歴史書古事記』(回答者が一人いました)における吉備津彦命のエピソードが元になっていると言われている。大和王権奈良県周辺)の吉備勢力(岡山県)への進出と関係がある。そもそもが権力闘争の物語であった。これを批判的にパロディーにしたのが芥川龍之介「桃太郎」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html
 
・「百人一首」→鎌倉時代初期に藤原定家が編集したもので、当然日本最古の歌集『万葉集』(回答者一名あり)からも選んでいる。貴族だけではなく民衆の歌も選んでいる。最近では、漫画・アニメで話題になった『ちはやふる』などで注目されることも多い。
 
他にも、問答無用の「現代に生きる古典」が指摘されています。
 
・『源氏物語』→大和和紀のマンガ版(入試対策として読んでもいいくらい)や椎名高志絶対可憐チルドレン』(途中から「源氏物語」要素が忘れられていくが…)他。英語圏でもThe Tale of Genjiとして大変有名。
 
・『三国志』→2000年前の中国の歴史は、なぜか日本では異様に人気がある。吉川英治の小説、横山光輝の漫画、ゲーム等々、枚挙にいとまがない。(ただし、この人気に男女差、つまりジェンダー差はないだろうか?)
 
サン=テグジュペリ星の王子さま』→時代と地域を超えた古典。これがなぜこれほど世界中で人気になったのか、調べてみると面白い。
 
ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』→ごく最近も映画がヒット。「民衆の歌」も有名。これが忘却されることがあるとはちょっと思えない。
 
・『スパイダーマン』他、マーヴェルのアメコミもの映画。スーパーマンスパイダーマンキャプテン・アメリカ、観ている人は多い。なお、これも男女差があるかもしれない。特にディズニー(プリンセス)映画とマーヴェル映画では異なるかもしれない。
 
尾田栄一郎ONE PIECE』→連載が終わったらそのうち忘れられてしまうのでは…と思う人もいるかもしれないが、これはそもそもがスティーブンソン『宝島』などに代表される〈海賊冒険もの〉の伝統に属し、それを更新するもの。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』などと一緒に考えてよいはず。
 
黒澤明監督『隠し砦の三悪人』→1958年この映画、知らない人が多いだろうが、ジョージ・ルーカス監督『スター・ウォーズ』の元ネタだと知るならば、この作品が「現代に生きる古典」であることが納得できるはず。
 
 次に、もしかすると「現代に生きる古典」としての地位については?な作品について触れます。
 
・日本の昔話や童謡(「鶴の恩返し」、「花咲か爺さん」、「さくらさくら」(曲))→あらすじや曲を聴けばああ知っているという人は多いが、なぜそうかというと幼いときに教育を受けたりテレビなどで聞いているからであり、これらに影響を受けた最新作というのが熱心に作られているという状況ではない。
 
ジェームス・キャメロン監督『タイタニック』→25年前に猛烈にヒットした映画ですが、有名な歴史的事件と悲恋は超歴史的・超地域的ではあるものの、他にも同様の事件やテーマはあるのであり、『タイタニック』が「現代に生きる古典」として生き続けるかどうか、疑念なしとしない。新たな設定のタイタニック、新たなキャストのタイタニックが必要。
 
ウィリアム・ワイラー監督『ローマの休日』→グレゴリー・ペックオードリー・ヘップバーンの超有名なラブコメ映画だが、オードリーの人気が歴史の中に消えつつある今、「現代に生きる古典」としての価値は危うい。21世紀の「ローマの休日」(的な作品)が必要。
 
・『羅生門』→映画も小説も素晴らしいけれど、例えばゲームやアニメなどで流用され、その古典的価値が更新され続けているだろうか?
 
夏目漱石吾輩は猫である』、『坊ちゃん』→日本の学校教育から夏目漱石が完全に消えることはないと今のところはいえそうだが、これも21世紀のメディアで積極的に取り上げられる作品とは言い難い。ただし、「破天荒な若い男性教師が学園に登場して活躍?する」というようなテンプレートの元ネタの一つとして『坊ちゃん』を考えるならば、漱石や「坊ちゃん」という固有名は消えてもエッセンスは残り続けるのかもしれない。
 
 以上、みなさんの回答にざっとコメントをつけてみました。
 今はインターネットで作品の元ネタがすぐわかる時代になっています。これは困ったことでもあり、同時に元ネタ(「古典」の可能性が高い)に触れやすくなっているという意味では歓迎すべきことでもあります。そして、何より重要なのは、「古典」は超時間的・超地域的な規範的作品なのですから、じっくり読めば極めて面白いのです。この授業やコメントが、みなさんが自分にとっての「古典」を発見する助けになれば望外の喜びです。