拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

NM高校での模擬授業(オンライン)の参加者のみなさんへ

模擬授業に参加してくださったNM高校のみなさんへ

 

 ブログ記事を書くのが遅れてしまってごめんなさい。12月は「師走」、大学の教員もドタバタしている時期なのです…。

 さて、K先生から送っていただいたみなさんの回答用紙、特にクイズ【2】の回答を読みながら、おおそうきたか、なるほどなあなどと頷いておりました。みなさんありがとうございます。

 ここで【2】について再確認しておくと、「この模擬授業で学んだことを念頭におきながら、21世紀の「古典的」作品(メディアは問わない」を最低ひとつ選び出し、なぜそれを選んだのかについて簡潔に説明しなさい」というものでした。これは例えば「古典的な作品をひとつ選びなさい」というようなクイズではないので、かなり難しかったと思います。

 こういう理由もあって、回答用紙を整理すると、(A)このクイズに回答したもの、(B)自分が「古典」だと思うものを記述したもの、(C)授業の感想(私が「これでもいいですよ」と言ったのでもちろんOKです)の3種類になりました。

 以下、それぞれについてコメントを書きたいと思います。

 

(A)このクイズに回答したもの

 

 回答が重複したものがいくつかありました。

 

 (1)ディズニー作品

 具体的には『アナと雪の女王』(←アンデルセン雪の女王」)、『アラジン』(←『千夜一夜物語』)、『シンデレラ』(←ペロー「サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴」)、『ラプンツェル』(←『グリム童話集』)。ある方の「ディズニーの作品の原作は全て古典だと思った」というコメントがほぼ正解でしょうね。

 ディズニー作品はみなさんにとっても人気なのですね。実は、私の所属するTKB大学の比較文化学類でも、ディズニー映画を取り上げて卒業論文を書く学生が毎年のようにいます。

 なぜかといえば、よくもわるくも?ディズニーは世論に敏感で、今を生きる学生にとっても魅力的だからだと思います。

 例えば、1937年の『シンデレラ』ーー当時の最高の技術を使って作られたカラーのアニメで、あまりに「動く」ので今見てもすごい!ーーですが、やはり83年前の古い女性観(受動的、王子様(男性)の庇護を受けるのが当然)を色濃く反映しています。ところが、ディズニーは、こうした女性像をどんどんアップデートしてきました。それは例えば『アナ雪』を観るだけでも明白です。

 なお、ディズニーの公式HPに「ディズニープリンセス

www.disney.co.jp

というものがあります。ディズニー作品における女性像の変遷がわかるようになっているページですので、ぜひご覧ください。

 

(2)中国史をもとにした作品

 具体的には『キングダム』(←春秋戦国時代から秦の建国まで、元ネタは司馬遷史記』ほか)、『三国志』(←吉川英治(小説)、横山光輝(漫画)、コーエー(ゲーム)、Three Kingdoms(ドラマ)などがある)が回答にありました。

 元ネタになった司馬遷史記』、正史『三国志』&陳寿三国志演義』はすべて日本語で読めますが、中国史ファンでないと相当ハードルが高いでしょう。まずはマンガの『キングダム』あたりから読んでみるのがいいかもしれませんね。他にもゲームが色々あるようです(が私はゲームに疎くて…申し訳ないです)。

 以下はヤンジャンの特設サイトです。

youngjump.jp

 

(3)鈴木央七つの大罪』(『週刊少年マガジン』、2011年〜)

 アニメも劇場版もありますね。人気作品です。

 これについては「キリスト教教皇グレゴリウス1世が決めた「人間を罪へと導く可能性がある、七つの欲望や感情」を人間に例えて話が進んでいく」とコメントした方がいました。

 確かにそうなので正解です。ただ、作品の設定としては「アーサー王」が君臨する前の時代の設定なので、「アーサー王物語」(いろいろなバージョンがありますね)が元ネタの作品といえるでしょう。

 以下のページでは試し読みもできますので、ぜひ閲覧して見てください。

kc.kodansha.co.jp

 

(追記:2020年12月22日)

 なお、文学作品が好きな人は、日系イギリス人作家でノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ忘れられた巨人』(2015年、邦訳あり)をオススメします。これは『七つの大罪』とは逆に、アーサー王亡き後の設定になります。インタビュー記事があるのでご覧ください。

wired.jp

 

(4)鳥山明ドラゴンボール』(『週刊少年ジャンプ1984〜1995年)

 私は『Dr.スランプ アラレちゃん』(『週刊少年ジャンプ』1980〜1984年)をリアルタイムで読んでいた世代ですが(1968年生まれ)、この連載が終わった後に始まった『ドラゴンボール』は、え、なにこれ思いっきり『西遊記』じゃないかとびっくりしたものです。

 当時の日本では、故・夏目雅子玄奘三蔵役で出演していたTV実写版の『西遊記』が人気だったこともあり、当時の子供でもよく知っていました。ですから、中学生〜高校生の私は、『西遊記』のパロディである『ドラゴンボール』にはあまり関心がなかったのです。二番煎じゃないか、と。

 この作品がまさか今に至るまで人気があるような作品になるとは想像もできませんでした。

 日本の外でも知られているこの作品、連載開始から36年たちましたから、あと14年くらいなんらかの展開があって人気があれば、「古典」の認定をしてもいいかもしれませんね。

 なお、この「何年たったら「古典」になるのか」問題はについては複数の方から質問がありましたが、実は正解はありません。誰か特定の人や機関が決めるわけではありませんから、人それぞれということになります。

 私は、最初に読んでいた読者が年老いてこの世を去るくらいになっても新たな読者がいるということを考えているので、50年〜70年たっても人気があるなら「古典」といってもいいと思いますが、あくまで私見です。

dragonball.news

 

(5)Fateシリーズ

 ゲームですが、すでに言及した「アーサー王」ーーアルトゥリア・ペンドラゴン、なおFate/staynightでは女性になっていますーーや「ケルトギリシャの神話の人物や設定などをふまえている」バトルもので、人気がありますね。

 個人的には、まさかスパルタ王のレオニダス1世が出てくるとは思いもしませんでした…。西欧の「古典」の王様、ヘロドトス『歴史』は、この著作の後半半分がペルシア戦争(紀元前499年〜449年)を扱っているのですが、そのヘロドトスが絶賛した英雄がレオニダス1世です。

 この作品をきっかけに、世界各地の神話や伝説が若い人たちにも知られるようになっているのは大変よいことだと思います。

 なお私はディルムッド・オディナがいいなあと思うのです。アイルランド文学・文化への関心からケルト神話に関心があったから、という理由があります。

dic.nicovideo.jp

 

(6)小林泰三『アリス殺し』(東京創元社、2013年)

 私はこの作品を知らなかったのですが、推理小説なのですね。

www.tsogen.co.jp

 世の中には私の知らない作品ばかり。まだまだ読むべき作品があります。素晴らしいことです。

 さて、元ネタのルイス・キャロル不思議の国のアリス』(1865年)は、私は英文学者ですのでもちろん読んでいます。日本でいうと江戸末期に出版された作品が、英語圏のみならず、今でも日本でこうした小説が出るくらいに人気があるので、間違いなく「古典」です。少女マンガなどでもよく引用されます。

 一つオタク話を。

 昔々、TKB大学があるつくば市(1987年に市となりました)が「桜村」だった頃、TKB大学のメールはcc.sakuraという文言を含んでいたことがあり(今ではとっくにサーバー自体が廃止されています)、22年前にNHKでアニメ化されて非常に人気があった『カードキャプターさくら』のファン(オタ)が羨ましがっていて、TKB大学の学生・教員(一部)が、いまの言葉でいうと「イキっていた」ということがありました。ネットの掲示板文化が盛んだった頃の昔話です。

 このアニメ版にもアリスネタがありました。

 なぜ私がCCさくらに詳しいかというと、10年ほど前に、この作品で卒業論文を書いた学生がいまして、それまで多少は知っていた作品ではありますが、よい機会だと思って、マンガ原作は完読、アニメもほとんど観たからなのです。ついでにCLAMP作品もかなり読みました。当時40歳だった私のような大人が見てもCCさくらは面白かったですね。特にLGBTQの観点からみると興味深いものがありました。

 ところで、今ググって知ったのですが、C Cさくらと「アリス」のコラボがあって、以下のようなページが去年(2019年)にできているのですね。アリス人気は強い!

animeanime.jp

 (追記)

 アリス的な作品をもう一つ。私は全然知らなかったのですが、麻生羽呂今際の国のアリス』というマンガが2010年から『週刊少年サンデーS』などで連載、2013年にはアニメ化もされていたのですね。

 このブログ記事を書いたのは2020年12月15日だったのですが、今朝(17日)にネットの広告で、この作品がNetflixで実写版として放映されることを知りました。山崎賢人と土屋太鳳が出演することもあり、かなり興味があります。

 なぜ「アリス」がこうなった!?という感じですが、これでも「アリス」というブランドは必要なのですね。

www.youtube.com

 

 

(7)朝霧カフカ(原作)、春河35(漫画)『文豪ストレイドッグス』(『ヤングエース』、2013年〜)

 回答が重複しなかった作品です。通称文スト。アニメやゲームもあります、というかそちらの方から知った人が多いのかもしれませんね。5年くらい前には若い人たちにも非常に人気があったのですが、もう人気は下火になったのでしょうか。

 これは太宰治中島敦(私の博士論文の第5章は中島について論じました)、芥川龍之介といった有名な作家、つまり文豪たちがイケメン化され、それぞれの作品にちなんだ「異能力」使って戦うというもの。

 私のような仕事をしていると、「おおこの作品のアレをそう解釈するのか!」と突っ込んだり笑ったりで、とても楽しめます。みなさんにとってはまさに「文豪」の「古典」的作品をマンガで(間接的にではあれ)知ることができるので、文学史の入門としても優れていると思います。

promo.kadokawa.co.jp

 

(B)自分がこれが「古典」だと思うものを記述したもの

 

 これは作品名を列挙して、全体的な傾向についてコメントしたいと思います。

 『ドラえもん』、『千と千尋の神隠し』、ディズニー作品(つまりディズニー作品が元ネタの「古典」を現代に蘇らせた作品であるというよりは、ディズニー作品それ自体がすでに「古典」であるということ)、「桃太郎」、『ポケモン』、太宰治人間失格』、『ドリトル先生』シリーズ、クラシック音楽(ベートーベン「運命」など)。

 すべてにコメントすると長すぎるので、三つ選んでコメントします。

 模擬授業で紹介した「古典」の定義、つまり時代や民族・地域を超える作品という定義から考えると、ディズニーの古い作品(50年以上前)で、今でも語り草になっている作品は、立派な「古典」でしょうね。すでに述べたことですが、『白雪姫』(1937年)はいま見ても圧倒的です。

 また、『ドラえもん』も50年前の作品で、日本のみならずアジア諸地域、イスラム圏でも人気があるので「古典」でしょう。ただし欧米ではあまり人気がないようです(『キャプテン翼』はヨーロッパで非常に人気がある)。

 『千と千尋』は、たぶん『鬼滅の刃』に興行収入で抜かれるでしょうが、それでも大ヒット作であることは皆さんご存知のとおりです。Spirited Awayというタイトルで英語圏でも小規模ながら上映され、しかし評価は大変高く、アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞しました。

 ただ、これは元ネターー柏葉幸子「霧のむこうの不思議なまち」と言われていますが明示されているわけではありませんーーである「古典」を蘇えさせたというよりは、宮崎駿監督のオリジナルとしての要素が強く、公開されてからまだ19年しかたっていませんから、「時代」を超えるかどうかはまだ判断できません。

 ジブリ作品で50年以上人気がある作品はなんでしょうか…。私はそれを見届けることができるかどうかわかりません。みなさんは20年か30年後に判断できるでしょうね。

 

(C)授業の感想

 

 私が紹介した「古典」の定義に感心した、納得したという感想が多くて、私も模擬授業を担当した甲斐がありました。ありがとうございます。

 なお、この模擬授業での「古典」の定義はあくまで限定的なものです。他にも考え方はいろいろあります。とはいえ、おおよそこの「定義」でよろしいとは思います。

 参考書籍を紹介しておきます。以下の本はヨーロッパ文学の「古典」に偏ったものですが、カルヴィーノという作家その人がとても優れた作家であり、須賀敦子の翻訳も素晴らしいですから、紹介しておきます。作家・高橋源一郎による書評です。

allreviews.jp

 

 実は質問もあって、それは「古典」はどれだけ時間がたったら「古典」になるのかというものでした。これについてはすでに述べましたが、50年〜70年かなというのが私見です。

 

(D)まとめ

 

 最後になりましたが、一つだけメッセージを。

 みなさんの多くは、学校や自宅での勉強のあいまにゲームやマンガやアニメや音楽を楽しんでいると思うのですが、実は人気があるものにはどこか「古典」の影響があることが多いのです。これは当然で、「古典」というのは時代、民族、地域を超える普遍的な魅力を持つのですから、それを参照することで、多種多様な人々にアピールできるからです。

 もちろん、こういうようなことをあまり難しく考えてゲームなどを考察するのもどうかと思いますが、時間があるときには「これはどういう「古典」を参照しているのだろう?これ自体が「古典」になることがありうるだろうか?」と考えてみると、楽しいだけの単なる時間つぶしが、楽しくて有意義な時間の使い方になるかもしれません。

 みなさんは新型コロナ禍で大変でしょうが、こういうときこそ時間を有効に使って楽しみかつ学んで欲しいと願っています。私も今年の春は、ヨーロッパ文学の「古典」の王様であるダンテ・アリギエリ『神曲』の日本語訳を、イタリア語原典と対比しながら読みました。あらためて「古典」の魅力に気がつきました。

 みなさんにも、将来、「古典」の魅力に気がつくチャンスがあるようにと願っています。

(齋藤一)