拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

新米文学教師の苦悩、Culture本

というほどでもないのだが、例えばサイードとかフーコーとかに興味はあるけれど、実際にフーコーの英訳の抜粋を読ませるとうへーとなって凹んでしまう学生に対していったいどう対処すればいいのか、まだ具体的なノウハウ、というかネタがないのである。
(1)教室に10人の学生がいるとして、フーコー英訳の抜粋を読ませ、丁寧に解説する。その中の3人くらいが「あ、難しいけど、やっぱり原典(ではないのだが、英訳だから)を読んでよかったな、新書を読むのとは違うな。本物は迫力があるな」と感じる。あとの7人は砕け散る。
(2)10人中7人は「あ、おもしろそう」と感じることができるくらいにフーコーをチャート化して(つまり新書なんかを読ませて)紹介する。あとの3人が砕け散るのは放置プレイ。
私の勤務校では(1)でもいいのか(2)なのか。というか、私の担当している学部の授業ではどちらなのか。
むろん私は(1)でやりたい。1学期そうやってきた。
授業評価がいろいろな意味で楽しみである。
授業評価で私自身が砕け散るのだろうか。