拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

「昭和の日」

「爺狡」が4月29日の「みどりの日」を「昭和の日」に変えることを画策しているらしい。日清戦争に始まる日本のアジア侵略の結実としての15年戦争、その責任を果たさずうやむやにしてきた「昭和」という長い時代について考える日にしよう――というわけではないのだろうから、ため息がでる。日本はオーストリアを笑えない。

浅田:今の政治家には「俺たちもそろそろ一人前の男にならなければ」っていうすごい強迫観念があって、それは自信の欠如から来てると思う。僕は戦後の保守本流も嫌いだけれど、ひとつだけ言えることは、連中は自分達にものすごい自信があって、アメリカなんて何ほどのこともないと思ってたってこと。・・・でもその次の世代は、占領下で育って米兵にチューインガムを貰ったりしているもんだから、アイデンティティのどこかにものすごい欠落があって、自分が不安でしょうがない。アメリカの庇護の下に育ったからこそ、いよいよひとり立ちして一人前の男であることを見せなければ、って焦ってる。言ってみれば、ある種の小心さが反転して権力欲やマッチョ志向に向かってる訳で、僕はそれがいやなんだ。(田中康夫浅田彰憂国呆談』、幻冬舎、1999年、p.11)

憂国呆談

憂国呆談

「昭和の日」については、浅田彰言うところの「戦後の保守本流」の子孫がやっている政党にがんばっていただくしかない。それにしても、猛反対すべき社民党共産党は何をやっているのかな。