拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

戦時下の文学

木村一信編『戦時下の文学――拡大する戦争空間 文学史を読みかえる④』(インパクト出版会、2000年)が畜大生協に届く。例によってパラパラめくる。と、「元皇国少年櫻本富雄に訊く」(聞き手:吉川麻里)という文章が目に入ったので読んでみる。

櫻本は詩人で、戦争中の文化人が残した文章を収集し「資料集」として精力的に発表してきた、本人曰く「悪役」である――僕はこの人のことを知らなかった、不覚!――吉川はその櫻本を評価しつつ批判した、1969年生まれ(僕より若い!)の研究者。櫻本は、一行でも翼賛的な事を書いた奴は糾弾するという姿勢なのに対し、吉川は、糾弾は必要だけれど、しかし翼賛的な作品が多くの人々の心をとらえ動員したことも事実。そのメカニズムを分析し批判しなければ、過去の翼賛文化人の批判が現在の問題につながらない、という立場。なかなかおもしろく読んでしまったが、なんの因果か、河盛好蔵の話が出てきた。

吉川 そうですね。私も読み方や解釈の仕方で、作者を救おうという意図はぜんぜんないんです。私が「質」というのは、表現責任はあるという前提で、作品のどういうところが読者を動かしたかということなんです。字面だけでなく、構成や内容と言ったところでの、現代にも通じてしまうような作品の力を見ないといけないと思うんですよ。
櫻本 そういう面を見てどうなるの。
吉川 例えば、具体例で言いますと、ここに『海軍』〔岩田豊雄獅子文六)の小説――齋藤注〕があります。これは一九八三年に原書房からリバイバルされたものです。
櫻本 ええっ、これ初めて見た。(『海軍』を手に取って)ああ、これ軍記ものの出版社ですね。
吉川 それは、戦中を対象化するといった目的ではなく、帯に「爽やかな青春像」とあるように、ある種のノスタルジーを持ってリバイバルされているようです。あの頃はよかったみたいな。河盛好蔵が「解説」を書いています。
櫻本 河盛好蔵ね。フランス文学者ね。これもひどい文化人だよ。
吉川 私もひどいと思ったんですけど。その「解説」で「この小説に描かれている日本海軍の伝統精神は、今日から見てもまことに立派である。この規律、この訓練、この真義、この自己犠牲、この勇気、これらは民主主義の社会においても依然として尊重さるべき徳目である。」と述べています。
櫻本 天野貞祐〔占領期の文部大臣――齋藤注〕が喜びそうなことだな。
(pp.238-239)

ところで、河盛の「解説」だが、これを英訳するとほとんどコンラッドの「青春」の一文になるということを明記しておく。コンラッドというのはゴリゴリの反動オヤジなのだと言うこと、それにも関わらず、戦後のアメリカでも日本でも好んで読まれたということ――僕自身もかなり入れ込んで読んでいた――ということを、決して忘れてはいけない。
閑話休題。昨日、寝床で鵜飼哲『償いのアルケオロジー』(河出書房新社、1997年)を読んだ。

償いのアルケオロジー (シリーズ 道徳の系譜)

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