拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

病人を晒しておくってどういうことなんですかね

安部さんの辞任会見を見る限りではまさに「心身」がやられている感じ(口が回っていないわけだが、あれは博論公聴会のあとぶっ倒れた時に私も経験済み)は伝わってきた。で、近くの人々は「大丈夫だろうか」と思っていたというのだが、それなら速攻で入院させるべきだっただろう。ガラじゃないが、日本国の総理大臣の「心身」は非常に重大、放置しちゃいけないよと思う私。
9月12日。
なんだかずっと机に向かっていたような気がする。
9月13日。
ミメーシス―ヨーロッパ文学における現実描写〈下〉 (ちくま学芸文庫)』からミシェル・ド・モンテーニュさんの『モンテーニュ随想録』、「後悔について」を院生さんと読む。
1562年にヴァシーの虐殺、1572年にサン・バルテルミの虐殺と、新旧血みどろの戦いをやっている時にボルドーで裁判をやっていたモンテーニュさんが実家に戻って引きこもり(1570年、38歳)、神に担保されたautonomie de la conscienceによる中庸の徳(新旧のドグマや制度に頼らずしかし神を目指す方法でしょう)を書き連ねていたわけだが、ほぼ同じ歳になった今読み返すと、冗談抜きで、身につまされるというか目頭が熱くなる。
ペンの力で人を殺したかもしれなかった、というかたぶん確実に殺してしまったわけでしょう・・・。
9月14日。
The Five People You Meet In Heaven』の難解語リストをひたすら作成する。この本を英語の授業で使って学生さんに強引に読ませるわけだが、やっぱり明らかに語彙力が足りない学生もいる。そういう学生を放置はできない。ただ読んでこいと恫喝するだけでいいはずがない。こちらも工夫するのは当然。
これ、私も勉強になるから悪くない。