拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

タイーホ

12月9日。
私が、ではない。
職場に明日の予習のために本を取りに行った帰り、ふといつもと違う道で帰ろうと思い立って、妻木(さいき)の交差点で東大通りから県道201号(旧バス道路)に入ったら、ハザードランプの点滅するワゴンがある。ウザイなーと思っていたら、警察官がぞろぞろ歩いている。と、お縄になった背の高い兄ちゃんがうつむいて歩いている。なんでしょうね、泥棒なのかな。
私のカーナビをかっぱらって、車をぶっ壊した犯人だといいのだが。

午後は久しぶりに本など読んでしまった。

王道 (講談社文芸文庫)

王道 (講談社文芸文庫)

id:shintakさんのところで刺戟されて通読。再読なのか記憶がない。が、こんなに妙なセクース植民地話だったかー、と思ったので、たぶん再読ではないのだろう。高校生のとき、『人間の条件 (新潮文庫)』でも読んだんだったか。
降ります―さよならオンナの宿題

降ります―さよならオンナの宿題

これは完全に予習のため、再読。再再読か。「降りる」というのは「死」でもあるということをあまりつきつめて考えるのはつらいな。
『英文学研究』第84号が届く。拙著の書評(Nさん)が掲載、第五章はもっとつっこんだ話を読みたい、例えばなぜ中島さんが『光と風と夢』において(文庫ならこれがある『光と風と夢・わが西遊記 (講談社文芸文庫)』)植民地表象を一人称と三人称の交錯として書いたのか、云々。
うーん、たぶん「英文学者、中島敦」というテーマをギリギリ煮詰めてやると、植民地主義と〈英文学〉について(どれほど手前みそでも)かなり原理的な考察をしなければならないような予感があったので、避けたんだろうな。そういう考察は、あまり得意ではない。
そういえば、私が真正面から取り組まなかった中島さん論があったのだった。
中島敦と問い

中島敦と問い