拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

『英語青年』を読む

バーバと中島に疲れたのでちょっと休憩。
『英語青年』2月号、"Eigo Club"の神尾美津雄「ロマン主義へのレイト・カマーによる『アルパイン・フラヌール』の擁護」の最終段落に賛同し、自己反省し、そして一抹の不満を覚えた。「わたくしのおもうところは、文学を感動の対象とし知の対象とはみなさない日本の文学研究の風土、読む行為の自堕落なまでの軽視、論証なき自己陶酔などにもおよぶのですが、それは屋根裏部屋にでもしまっておきましょう。」(50) 神尾さんのような研究者が「それ」を「屋根裏部屋にでもしまって」おく必要はないのではないか。もう一つ、宮崎芳三「単純な話(11)――英語の先生」、特に新聞も「私」も「我等みな晴れ晴れとして決戦のときを迎えた」と思っているときに「ばかは朗らかだからな」(9)と断言したという三人目の先生の話は実にすがすがしく、しかしこの先生は当時何を読み何を書いていたのか妙に気になってしまった。