拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

「Stupidになってしまった」

今回のイスタンブールでの学会、最後にsurpriseがあった。バグダット大学から三人の教授がやってきて、イラクの子供たち(自分の子供のことを話した女性教授もいた)がいかに悲惨な目にあっているかを熱く訴えていた。アンカラアメリカ大使館とイスタンブールアメリ総領事館から資金援助を受けた学会に彼女たちを呼んでアメリカ批判をさせたorganizing committeeは苦労しただろうと思う。
彼女たちの訴えのあとがよかった。
ファルージャに自分の母親を置いてきたアクティヴィストな若い研究者が「文学に何ができるのか」的な問いをあえて愚直に訴えたあと、もう一人の若手研究者が「最高の教育を受けてきた我々は、最後の段階でstupidになってしまったんだよね」と結論した。
これはともすれば立場の違いで紛糾しかねなかった最後のセッションをうまくしめたと思う。サバルタンとの関わりの中でインテリはunlearnするはずだし、そうあるべきだというスピヴァックの主張をうまく言いかえたのだな、と私は感じた。
実際、私はアジア側からヨーロッパ側に渡るフェリー乗り場に向かうタクシーの中で、私とC先生はあのせりふはよかったよねと話していた。そのあと、C先生は、1977年にバグダットで英語を教えていたこと、バグダット大学の3人の教授たちはそのころ教育を受けた人たちだったこと、そのあと彼女たちは3回の戦争を経験してきたことを考えると、自分は言うべき言葉がないとつぶやいた。
こっちこそ言うべき言葉を失ったのだった。私たちはブレアにも小泉にも投票してはいないのだが、私たちの意志と力を彼らの名前で使われていることにほとんど抵抗できていないのだから。